地方での起業・会社設立は大丈夫か?地方起業の内容・進め方・ポイントなどを徹底解説
新型コロナ禍によって都会を離れ地方へ移住する方が見られるようになってきましたが、働く場所も移そうかと考えている方もおられるのではないでしょうか。そんな方には地方で起業・会社設立して仕事を確保するという選択肢もあるはずです。
そこで今回の記事では、地方の起業の状況、メリット・デメリットやその進め方を解説するとともに、その成功事例および成功のポイント、新型コロナ禍の影響を踏まえた地方起業の注意点などを紹介します。
地方に移住したいと考えている方、都会を離れて会社設立し事業を始めてみたい方、地方の社会的課題の解決に取り組みたいと思っている方などはぜひ参考にしてください。
1 地方の起業や会社設立に関する状況
最初に地方における起業数や会社設立数、地方起業を希望する人の状況を示して、地方でのビジネスチャンスの可能性について確認してみましょう。
1-1 国内の開業率の現状
日本国内の開業率がどうなっているか、その現状を平成29年度版中小企業白書の第1-2-10図から説明してみます。
本図は2015年度の都道府県別の開廃業率をまとめたものです。この資料によると、業率が最も高い地域は沖縄県で、次いで埼玉県、千葉県、神奈川県、福岡県などとなっています。
2位:埼玉県 6.8%
3位:千葉県 6.5%
4位:神奈川県 6.3%
5位:福岡県 6.1%
5位:愛知県6.1%
7位:大阪府 5.9%
8位:東京都 5.6%
9位:宮城県、福島県、茨城県、三重県、熊本県 5.3%
全国平均:5.2%
東京都と大阪府が上位から外れているのは意外な感じがするかもしれないですが、沖縄県を除けば上位は大都市圏のある地域であることがわかるはずです。つまり、沖縄県を除けば地方での開業率は相対的に低いことが確認できます。
他方、廃業率については滋賀県が最も高く、次いで京都府、福岡県、北海道、千葉県となっています。問題点としては、開業率が廃業率を下回るか、差が小さい状況が地方に多く見られる点です。
つまり、地方の方が相対的に開業率よりも廃業率の方が優勢であるケースが多く見られ、地方の産業振興が停滞していることが懸念されます。そのため地方での起業で事業を始めることは大きな意義があるはずです。その一方で、廃業率から窺える地方起業に伴うリスクに備えることが求められます。
1-2 国内の新規設立法人の状況
株式会社東京商工リサーチが発表している「2019年「全国新設法人動向」調査」によると、2019年(1〜12月)の国内新規設立方法人は13万1,292社(前年比1.7%増)で、都道府県別の増加率では、滋賀県(同12.0%増)が最も高く、次いで宮崎県(同11.32%増)、広島県(同8.5%増)と続いています。
※本調査は、東京商工リサーチ社が同社の企業データベース(対象370万社)から2019年(1-12月)に全国で新しく設立された全法人を抽出したもの
都道府県別の順では上位10位のうち、西日本が7府県を占める結果となりました。新設法人数では東京都などの大都市圏が多いですが、その増加率では地方が健闘としている状況です。
ただし、東北地方では東日本大震災からの復興に伴う地域浮揚効果が低減した影響のためか、岩手県と山形県を除く4県が新設法人数で前年を下回り、増加した2県においては新設法人率で岩手県が36位、山形県が43位と低迷しています。
開業率では大都市圏に劣る地方でも新設法人の増加率では上位を占めており、会社を設立しやすい環境が少なからず見られます。2018年の東京商工リサーチ社の「2018年「全国新設法人動向」調査」では、増加率トップが福井県の8.4%増でした。
その増加率となった理由として「地場産業への支援を含め、継続した経済振興策が奏功した可能性がある」とする福井県地域産業・技術振興課の話が紹介されています。
このように地方での起業・会社設立にはその地域の自治体等の振興策等が大きく影響する可能性があり、支援が活発な地域での起業は実現しやすく成功も期待できるようになるでしょう。
1-3 地方での起業を希望する者の状況
下図の第2-3-29図は、令和2年度の小規模企業白書で紹介されている起業に関する「年齢別に見た、『想い入れのある地域』の有無」の内容をまとめた資料です。
具体的には、年齢別に起業する場所について「想い入れのある地域*」があるかないかを確認したもので、「29歳以下」、「30〜39歳」の低年齢層と「60歳以上」の高年齢層ほど、「想い入れのある地域」があると回答した割合が多くなっています。
また、「想い入れのある地域」の中でも、「東京23区または政令都市以外」と回答した者が多くなっており、大都市圏ではなく地方での起業を希望する方は少なくありません。
思い入れだけで起業する場所を決めるわけにはいかないですが、地域への思い入れは起業の原動力になるほか、事業のアイデアに結びつくことも少なくないため、地方起業を選択肢に加えることは有効でしょう。
*ここでいう「想い入れのある地域」とは、「過去に勤務や居住、滞在したことがあるまたは、親族の出身地であるなど自身のルーツにつながる地域で特に関心の高い地域」のことです。
2 地方での起業・会社設立の魅力とリスク
地方で起業する場合、その利点や魅力のほか、リスクなどを認識しておく必要があるため、その点をメリット・デメリットから確認してみましょう。
2-1 地方で起業するメリット
@経営にかかるコストが都会より低い
地方で起業して事業を運営する場合、その経営にかかるコストは大都市圏と比べ少なく済む可能性が高いです。製造業や飲食業などの設備や機械の導入コストはあまり変わりませんが、土地や建物の購入代金や賃料などは都会と地方とでは大きな差が生じる可能性があります。
また、従業員の賃金も地方の方が低いため、起業や会社設立した際のイニシャルコストだけでなくランニングコストも相対的に低くなることが期待できるのです。特に不動産の購入代金の差は大きくなるため、地方で起業すればその差額分を運転資金に回せるため余裕を持った経営がしやすくなるでしょう。
イニシャルコストが少なくなれば資金調達における借入金を少なくできるため、支払利息の低減化が可能となり、毎月の返済負担の軽減にも繋がるはずです。
また、敷地や事務所等を賃貸する場合これらは固定費となりますが、地方で安く借りられると毎月の資金繰りが楽になるほか利益を確保しやすくなり安定した経営が期待できます。
A地方での起業を支援する体制が整っている
地方自治体にとって地域の企業を増やすことは地域の利益に資する行政上の施策となるため、様々な起業支援サービスが用意されています。地域によって各種のサービス内容は異なりますが、経営資源が脆弱な起業家の助けとなる各種資源の確保を支援する施策も多いです。
具体的には起業時の課題となりやすい資金・取引先(仕入先・販売先)・人材の確保のほか、起業場所の斡旋・紹介、移住・創業・経営全般の相談対応、技術開発協力などの面で支援してくれるサービスが多く見られます。
もちろん自治体だけでなく国も地方での起業を推進しており、地方創生起業支援事業の「起業支援金」や「移住支援金」をはじめとした様々な助成金・補助金制度や融資制度などが提供されています。
地方の場合、都会よりも行政の支援が受けにくいと思っている方もおられるでしょうが、地域によっては都会以上のサービスが期待できるのです。
B事業によってはライバルが少ない
地方の場合、大都市圏と比べ需要は少ないものの競合先も少なくなるため、有利な事業展開が可能になるケースも少なくありません。
東京などの場合、同じ地区に同じ業種が多く存在するケースがよく見られますが、他社と差別化できない事業などでは熾烈な価格競争を強いられ儲からない事業になることも珍しくありません。
都会の場合、潜在的な起業希望者や新規事業を始めたい既存の事業者などが多く存在しており、その中で何か流行の事業が登場したらいち早く参入しようと考えている者が少なくないのです。
その結果、比較的新しい事業でも同じ地区に参入者が多数存在しあまり時間が経過しないうちに競争が激しくなることもよく見られます。
一方、地方の場合は都会よりも潜在的な新規参入者が少ないため、比較的新しい事業などでは競争は緩くなる可能性が高いです。従って、起業してからの生存確率も高くなることが期待されます。
もちろん業種や業態などによって異なりますが、需要が大きくなくても競争相手が少なければ差別化や特化なども行いやすく比較的安定した経営の持続が可能です。
C地方の発展に貢献できる
地方での起業は、その地域の経済効果に寄与し発展に繋がります。つまり、政府が政策として掲げる「地方創生」に貢献できるわけです。政府への貢献はともかく、地域で事業を起こすことはその地域への事業を通じたサービスの提供であり、雇用を創造することにも繋がるため地域の経済発展に役立ちます。
また、その地域の特産品や資源などを事業の核として事業化する場合、地域おこしに貢献できるほか、地域からの様々な支援(資金の補助・融資や販促等)が受けられるケースも少なくないです。
地方には人口減少・少子高齢化、村落での過疎化、働き場所の多様性の低下、基幹産業の衰退、脆弱な交通インフラ・移動システム、医療体制の不備 など社会的な課題が増大しています。これらの課題を解決する社会貢献性の高い事業が地方で求められており、この分野での起業ニーズも大きいです。
D都会以上に快適な暮らしが期待できる
地方の場合、都会よりも自然環境に囲まれ密な環境にないため、健康的な生活が送りやすく子育てに適した暮らしが期待できます。
地方は、娯楽・買物・医療・教育などの面で都会よりもサービスが受けられる数や質で劣る面もありますが、大都市のように過密化した街の中で働く場所を見い出す必要がありません。
満員電車に1時間以上も乗って通勤や通学することもなく、自然に囲まれながら働いたり勉強したりできるため、健康的な暮らしが地方なら実現しやすくなるはずです。
保育所は多いとは言えないですが、一部を除き地方は都会に比べ待機児童の割合が少ないため、保育所を何件も探すような苦労をしないで済む可能性があります。
また、保育料の補助や無料化、子供医療費の無料化などを掲げる自治体もあり、地方は都会以上に子育てがしやすい環境になっているケースが少なくありません。
2-2 地方で起業するデメリット
@取引先網を一から作り上げる必要がある
何のコネクションもない地方で起業する場合、その地域で仕入先・販売先・協力先などの取引先を一から確保していくのは容易でなく手間もかかります。
一般的に起業する場合、現在の会社で勤務を続けながら起業にむけて最低限の取引先を確保してから開業するケースが多いです。つまり、現在の住まいや勤務先の比較的近い場所で取引先を確保していくケースが多いですが、地方で起業する場合このような方法が取れません。
従って、地方で起業する場合、起業前後に取引先を探し出すという必要性が高く、十分な数の取引先を確保できないという可能性が高くなるのです。また、利用可能な取引先があっても実際に取引に応じてもらうには一定の信頼関係を築く必要があり、短期間で確保できない可能性は低くありません。
このような理由で十分な取引先を確保できない場合、製品・サービスの供給量が少なくなり収益が低く抑えられ苦しい事業運営を強いられるというリスクが生じます。
A都会と比べ需要が少ない
大都会などと比べ地方は人口も少なく事業所密度も小さいため、相対的にビジネスにおける需要が少なく、起業において不利になりかねません。地方の場合、競合相手も少ないですが、それ以上にお客となるターゲットの数が少なければビジネスとして成り立たないケースもあります。
市場でこれまでに存在しなかった画期的な新製品や新サービスを開発して市場投入する場合、最初に購入してくれる層はかなりの少数派になるケースが一般的です。これを地方で行う場合、さらに購入者は少数になりビジネスを維持できる収益の確保がより困難になる可能性があります。
将来的には有望な事業であっても一定の需要量が確保できなければ撤退を強いられることになりかねません。
B起業・事業開始までの準備に時間がかる
地方で起業する場合、取引先を探し協力を得たり、地域の需要量を調査したりする準備に時間が多くかかる可能性があります。
都会の場合では、会社に勤めながら取引先の開拓を少しずつ進めることが可能ですが、地方起業では会社の休みに現地に赴きその作業を行うためより多くの時間が必要です。
また、ビジネスを行う場所でどのような需要があり、それがどのように充足されているのか、満足されていない部分や見過ごされているものがないかなどをチェックすることが事業を始める上で求められます。
しかし、地方で起業の準備を進める場合、取引先の開拓と同様に現在の生活圏から起業する地域に出向いて調査することになるため、やはり時間が多くかかってしまうのです。
電話やメールなどで仕入先や協力先を確保出来たらよいですが、長期に渡って取引を継続するためには直接相手と会って相談や交渉することは欠かせません。また、需要を調査する上でも実際に現地へ訪れて確認することは重要です。
時間を費やして開拓作業や調査を行わないと十分な取引先を確保できず、需要を見誤ったビジネス展開をすることとなり、起業後の経営が厳しくなりかねません。
C必要人材が確保しにくい
人口の減少が進む地方は若者が都会へ流出する傾向があるため、業務に必要とする若い労働力の確保は容易とは言えません。
下図は、総務省HPで公開している平成29年度版情報通信白書の図表4-1-1-2で、「三大都市圏および地方圏の転出入超過数の累計(2000年〜2016年)」を示す資料です。
この資料によると、東京・大阪などの大都市圏は一貫した転入超過、地方圏が転出超過の傾向が確認できます。地方圏から大都市圏への流出の原因はいくつか考えられますが、「良質な雇用を求める」ことが大きいと白書は指摘しています。
原因は何であれ若者が都会へ流出している地方圏で必要な人材を確保するのが容易ではないことは理解できるはずです。若者など特定の層に労働者を求める場合、地方起業によるそのビジネスが良質な雇用機会になることを示していく必要があります。
D地域に溶け込めないと生活が苦しくなる
ビジネスでもプライベートの生活でも地方は都会よりも人と人との繋がりが深いため、周囲の人たちと上手くコミュニケーションをとれないと快適な生活を送るのが難しくなる恐れが生じます。
都会では近所付き合いは希薄になりがちであってもあまり周囲が気にすることは少ないですが、地方の場合それが問題になりかねません。地域や近所の行事や集会などに参加しないと、そのうちのけ者扱いされる可能性も出てきます。
自分一人だけなら我慢できても家族全員が周囲から疎外されることになれば、地域に対する拒否感が生まれ生活ができなくなりかねません。
また、ビジネスにおいても地域の商習慣があり、それに従わないとトラブルを招くこともあります。もちろんそれに従う・拒否することの個人の自由はありますが、同業他社など周囲との協調も重要であるため、説得しうる理由と説明が必要になるでしょう。
このように地方では都会にはない周囲とのかかわりの強さが多く見られるため、一定の対応は避けられません。
3 地方起業の成功事例と支援事例
ここでは地方での起業・会社設立で成功した事例とその起業を支援する機関・支援体制の事例を紹介します。地方起業の進め方や成功するためのポイントなどを確認していきましょう。
3-1 地方起業の参考となる事例
中小企業白書と小規模企業白書の中から地方起業で成功している起業の事例を紹介します。
@事例2-1-2. 株式会社あわえ
(2017年版 中小企業白書 第2部第1章第3節 起業後の実態と課題より)
●企業概要
従業員7名、資本金1,000万円
●企業の所在地
徳島県海部郡美波町
●事業概要
同社は2013年に設立され、サテライトオフィス開設支援事業など地方創生の事業を営んでいる
●地方起業の理由・背景
・株式会社あわえの代表取締役である吉田基晴氏は徳島県美波町の出身で、東京でサイファー・テック株式会社を経営していたが、東京での人材確保に苦慮していていた。地方のほうが人材を確保しやすいのではと考え、2008年に徳島県美波町内にサテライトオフィスを設置したが、そのことがあわえ社の起業に繋がった
・サテライトオフィスの設置で地元は東京からIT企業が進出したと歓迎し何かと便宜を図ってくれた
・そうした地元の行為に対して恩返しをしたいと吉田社長は考え、地域資源を最大限に活用して地域の魅力を高めるための事業として株式会社あわえを起業した
●起業した事業の内容・取組
・地方から都市部への人の移動が一方通行になるのではなく、都市部から地方への移住の流れを創出し、人の循環を生み出す事業に取り組むことにした
・その事業の実現には、地域・行政・民間企業のトリプルウィンが不可欠であると考え、3者合同の協議会を作った。そして、移住者一人一人の支援を行い、単なる地方への移住促進に留まらず、移住後の彼らの生活や仕事まで幅広くケアできる支援の提供に取り組んでいる
・上記の地方創生の具体的な事業として以下の内容が実施されている
町並みをデジタルデータとして保存するデジタルアーカイブ事業
農産品をおしゃれに提供する「odori kitchen(オドリ キッチン)」の運営事業
地域の広報誌「みなみ」の編集やエリアリノベーション事業
サテライトオフィス開設支援・地域創業支援事業
クリエーター育成および地方自治体職員向けの研修事業
・現在は、「徳島県美波町の成功モデルを他の地域にも展開し、さらにより広域的な枠組を作っていくことで、全国的に波及させていきたい」と同社長は考え、「地方を元気にする処方箋」を全国に届けようと努めている
●地方起業の成功のポイント
・起業者が起業地域に思い入れがある
起業場所が出身地であったり、転勤先など以前暮らしていたり、特別に興味を持っているなどその地域をよく知っていて愛着があることが起業の決意を後押ししてくれます。
また、そうした特別な思い入れがある地域に何か貢献したいと思う意欲が起業やその後の事業の原動力になってくれるのです。
・地元の協力を活かす
地元住民や自治体などが地域での起業に協力的であるケースは多いですが、それを実際にビジネスに活用していかねばなりません。自社の人材確保やビジネス展開などで様々な支援制度を活用すればビジネスを早めに軌道に乗せることが期待できます。
また、地方創生の事業を実施する場合は、より地域全体での協力が必要で同社のように協議会を作り街ぐるみで地方創生事業を推進する仕組みを作ることが成功には不可欠です。つまり、地方創生事業では街ぐるみで進めるビジネスモデルの構築が成功のカギになります。
・地方創生事業を全国展開の事業へ昇華する
同社のサテライトオフィス誘致支援事業は全国へと展開されており、同地域の地方創生事業モデルは全地方の模範として注目されるようなっています。地域だけの需要量では収益が限られ企業としての成長も直ぐに限界が見えてきますが、全国規模の事業にすれば更なる企業の成長・発展が見込めます。
A事例2-3-6 株式会社石見麦酒
(2020年度版 小規模企業白書 第2部 地域で価値を生み出す小規模事業者 より)
●企業概要
従業員2名、資本金400万円
「経営者自身の夢の実現を通じて、地域活性化にも貢献するビール工房」
●企業の所在地
島根県江津市
●事業概要
・クラフトビールの醸造・販売や移動販売車による飲食店を営む
・地元の農作物を使用して開発したクラフトビールは、地域に根ざしたクラフトビールとして注目を集めている
●地方起業の理由・背景
・同社の現工場長である山口厳雄氏は以前より酒造りに興味をもっており、大学時代に学んだ農学部での知識も活かして杜氏になる夢をいだいていた
・素人でも比較的挑戦しやすいビール造りに目をつけ、2014年に江津市のビジネスコンテストに応募して大賞を受賞し、大学時代の同級生であった妻(山口梓氏)を代表者とする会社での起業を決意した
・山口夫妻は、夢を見ていた酒造りに従事できるほか、自分達の考えを生産に最大限活用できる働き方に満足している
●起業した事業の内容・取組
・低コスト省スペースでの多品種少量生産を可能にする製法を自社で考案し、地元企業との共同開発によって実現した。この方法は「石見式醸造法」と呼ばれ、年間50種類ものビール製造が可能で同社の製品開発の基盤であり独自の強みとなっている
⇒自社の強みを地域の協力も得て確保
・ビールだけでなく地元の農産物を活かした果実酒も生産している
・起業のきっかけとなったビジネスコンテストでは、
〔1〕地域の農作物を使う
〔2〕開発したクラフトビールを他の特産物と一緒に売り込んでいく
〔3〕地元でブルワリーを設立する人に対するサポートを行う
などの地域貢献の方針を明確に示した
⇒地方創生事業のビジネスモデルとして評価された
・事業では原材料等の地元企業への発注や地元の飲食店とのコラボレーションなどを行い、地域経済の活性化に貢献している
●地方起業の成功のポイント
・以前からの夢や自分が望む働き方などを実現する
起業の決意は、いつか夢を叶えようという思いや自分のアイデアを活かせる仕事がしたいという意志が芽生え強くなった時に生じやすいです。そして、これらの思いを具体的にビジネスとして描くことができれば起業は進んでいきます。
・ビジネスコンテストへの参加で起業が具体化できた
起業への行動へと移すにはきっかけが必要ですが、ビジネスコンテストへの参加はその重要な機会となるでしょう。
ビジネスコンテストでは、参加者は自分のビジネスについて、誰を対象にどのニーズをどのような方法で満足しつつ他者との競争に勝っていくのかという点を明確にし、ビジネスの内容として発表しなければなりません。
また、ビジネスコンテストは起業のアイデアを市場で通用する、勝ち残れるビジネスの内容に昇華する機会になるほか、問題点を確認する機会や協力者などを見い出す場にもなり得ます。
・顧客を飽きさせない商品開発を続ける
「お酒は嗜好品」であるため、お客に飽きられないお酒造りが必要と考え、そのニーズを満足するための様々な種類のお酒を提供し続けています。
⇒常に顧客ニーズに対応する商品提供が重要
・地方創生の視点に立ったビジネスモデルにした
同社は地域の農作物を利用して商品を製造販売するほか、他の生産者の特産物の販売にも協力するなど地域のブランド価値を高める方法で事業を推進し地域経済の発展にも貢献しています。
B事例2-3-7 U-Bito JAPAN株式会社
(2020年度版 小規模企業白書 第2部 地域で価値を生み出す小規模事業者 より)
●企業概要
従業員2名、資本金100万円
●企業の所在地
熊本県菊池市
●事業概要
・「地域で自身の役割を見いだし、地域のニーズに『何でも応える』企業」
・「地域の住民や企業が抱える様々なニーズに対して、「何でも屋」として地域社会の課題解決に取り組むコンサルティング企業」
●地方起業の理由・背景
・同社の代表取締役社長の村上貴志氏は大阪の出身であるが、両親の実家が菊池市で幼少期に何度も訪れた経験があり、菊池市は思い入れの深い地域だった
・村上氏はIT企業に勤めていたころ、将来起業し社会の役に立ちたいと考えていた
・両親が退職後に菊池市へ移住しており、村上氏が同市へ訪れた際にその活気のない状況を見て同市での起業を決意する
・菊池市の活性化に貢献したいと思っていたが、具体的に何をするかは決まっていなかったため、当時募集のあった菊池市の「地域おこし協力隊」に参加することにした
・地域おこし協力隊での担当は移住定住コンシェルジュで、具体的には空き家調査・空き家紹介、菊池市の魅力発信、地域交流の促進を行った
・活動を通じて様々なイベントへ参加し、地域におけるニーズを把握できた。地域の住民や企業は様々な小さなニーズがあるが、これらに柔軟に対応できる担い手が圧倒的に不足しているという点を協力隊の活動から認識できた
・同氏は、こうしたニーズを具体化して、幅広く対応すればビジネスになるとともに地域の活性化に貢献できると考え2018年に起業した
●起業した事業の内容・取組
・起業後は、地域のイベントの企画(移住者懇親会の企画)、菊池市の「域学連携」地域づくり実行委員会事務局の担当、経済産業省関係の事業の受託(カメルーン人のインターン生の受け入れ)、JICA(国際協力機構)事業への協力(多文化共生を考えるためのミャンマーへの視察) など地域の将来を見据えた活動に様々な角度から取り組む
・「地域おこし協力隊をやっていた人が起業したという口コミ」で、民間企業からの仕事も受注できるようになった
・収益の安定化のために、民間企業向けのコンサルティングにも注力し、クラウドファンディングのセミナー講師や地域での創業・起業の講演などの依頼にも対応している
●地方起業の成功のポイント
・地方創生に資する起業は思い入れのある地域で
地方の活性化のために起業する場合、その地域に貢献したいという思いが起業の原動力になるため、出身地、かつての居住地など自分に関係のある地域を選ぶことは有効です。
・地域の実情やニーズを把握することが重要
地方の活性化を進める事業では、地域ごとに抱える問題やニーズが異なるケースも多いため、地域に密着してその実情を確認しニーズを把握することが重要です。同社の社長が地域おこし協力隊での活動経験でそれらを認識し、それに基づいて事業化したことが成功に繋がったと考えられます。
・行政の仕事から民間の仕事へと少しずつ拡張
地方創生に貢献する事業として、行政を主な対象とした場合仕事量が限られるというリスクは小さくありません。同社はそのマイナス面を民間からの仕事でカバーできるように努めています。行政の仕事だけに依存せず、民間からの仕事を拡大させることが起業の成功に結び付くはずです。
3-2 地方起業を支援する体制の事例
日本の各地域ではその地域での起業・創業を支援する体制が整えられており、起業家の創出と地域の活性化が推進されています。ここではその支援体制の事例を1つ紹介しましょう。
事例2-3-9 ななお創業応援カルテット
*先の小規模企業白書より
●地域
石川県七尾市
●創業・起業促進の支援体制の概要
七尾商工会議所、のと共栄信用金庫、日本政策金融公庫および七尾市が提携して「ななお創業応援カルテット」を作り、創業者を支援しています。
*2016年に能登鹿北商工会も加入
・「四重奏のように協調しあう地域の支援機関が、創業・移住に関する伴走型支援を展開」
●支援体制を作った背景・理由
・七尾市では、人口減少に伴い事業者数も減少しいた
・行政、商工団体、地元金融機関は各々創業支援メニューを提供していたが、創業者の各ステージのニーズに十分に対応できる一貫した支援ができておらず、創業者数も低迷していた
・こうした背景を受け、各機関が創業に関する業務連携協定を締結し、各機関が提供する創業者向けのサービスを一体的に実施することとした。創業前、創業時、創業後の全段階で切れ目のない支援ができる「カルテット」の取組が2014年1月から始まった
●支援体制の取組内容
・「カルテット」の主な使命は、創業者の各創業ステージに応じた支援を行うこと、そして、きめ細やかな支援を伴走的に実施することである
具体的には、以下の取り組みが実施されている
・毎月、カルテット4団体の担当者が連絡会議を開催し、担当者間で積極的に相談案件の内容、進捗管理、案件ごとの課題等の情報を共有する
・相談者の状況の情報を定期的に共有し、具体的な課題に応じて適切な機関が支援に加わるようにする
・以上の内容で各ニーズでの未対応・対応不足を防ぎ、継続的かつ迅速な支援を実施できるようにした
・七尾市は移住支援にも積極的に取り組み、各地でイベントを開催した。そのイベントに「カルテット」の関係者も参加し、創業の支援施策をPRした
・創業者と創業希望者が情報交換できるコミュニティの形成や、地元の高校生に起業への関心を持ってもらう取組など、七尾市は「創業の街」として多くの創業者を輩出できるように取り組んでいる
●支援体制の取組の効果
・移住創業者にとって、どのような創業支援や移住支援が用意されているかが重要となるため、「カルテット」の取組は七尾市への移住創業者への足掛かりとして役立っている
・「カルテット」の活動が始まってからの6年間の実績は、相談件数が195件、開業件数が84件だった。また、このうち県外在住者からの相談件数は40件、開業件数が15件となっている
⇒七尾市における「カルテット」の貢献度は高い
4 地方での起業・会社設立の仕方
起業・会社設立して事業を始める場合に、一般的にどのような手順を踏むのかを簡単に説明するとともに、地方起業での重要なポイントを説明します。
4-1 一般的な起業のステップ
起業する場合の一般的な手順を下記の5つの点から簡単に紹介しましょう。
@起業の準備
起業するための準備は様々ですが、一般的には以下のような項目が重要になります。
●起業の決意
起業にはお金も時間も少なからずかかりリスクも伴うため、なかなか実行の決断が下しにくいですが、どこかの時点で思い切って決意しなければなりません。あまり悩み過ぎたり慎重になり過ぎたりするとビジネスチャンスを逃すことになりかねないため注意しましょう。
ただし、起業を決意する場合、何で、どんな事業で、どこでいつ起業するかを決めておくことは不可欠です。漠然と起業を進めると無駄が生じたり時間が余計にかかったりするケースもあるため、決めるべきことを決めて進めなければなりません。
●起業のアイデア
起業の「何で、どんな事業で」にあたる部分のアイデアを明確にすることが重要です。この段階で細かな内容を決めるのは困難ですが、「誰のどんなニーズをどのような商品・サービスを使った方法で捉えていくのか」といった点は明確にする必要はあります。
●アイデアを具現化するための知識・技術・スキル等の明確化
そして、上記のアイデアを実現するために必要となる知識・技術・スキル等も明確にしておきましょう。多少正確さはかけても「自分の○○の技術を活用して△△を製品化する」といった具体的に必要な知識等を把握するようにします。
●経営等に関する知識
上記の事業に必要な知識等だけでなく、起業すれば経営や事業運営上の手続等の知識も必要になるため、起業前にある程度のそれらに関する知識・情報を学習・入手することも欠かせません。
公的支援機関等による創業塾などに参加して創業や経営に関する知識を身につけるようにしましょう。
A事業内容の決定(創業計画・事業計画の策定)
@で描いたビジネスコンセプトをビジネスモデルに引き上げ事業として具体化するために事業内容をつめていく必要があります。この作業は一般的に創業(事業)計画を策定することで実施されるケースが多いです。
ビジネスの仕組み(主なビジネスシステムの内容)と事業に必要な資源を明確にし、事業上の目標値や資源に関する予算を見積っていきます。そのため、まずビジネスモデルを設定することがここでの第一歩です。
●ビジネスモデルの設定
ビジネスモデルは、先に説明した「誰のどんなニーズをどのような商品・サービスを使った方法で捉えていくのか」の内容をもう少し具体化し事業の仕組みを説明するものになります。
その仕組みの構成要素は以下の通りです。
・自社の強みやセールスポイント
・ビジネスの対象者(ターゲット)
・ターゲットのニーズおよびその量
・そのニーズを捉えるための自社の商品・サービス等(お客に買ってもらうもの)と販売する方法(戦略)
・市場の状況や競争環境と、競合他者に勝つための方法
これらの要素を組み上げることで事業アイデアをビジネスモデルにすることができます。また、モデルに昇華できると創業計画の前提となる要素が明らかになり、事業に必要な資源も把握できるようになるのです。
どれくらいの規模の事業をするかで資源の量や質も変わってきますが、自分が用意できそうな資金や技術などを踏まえ実現可能な範囲から検討していくと、確保すべき資源の内容や量が絞れるようになります。
なお、必要資源を明確にするためには資金計画表などを作るのが有効です。
・資金計画表
起業・開業では特に資金による制約が大きく影響するため、自己資金と借入による資金調達の限度額を予測する必要があり下記のような資金計表を作るのが望ましいです。作成のポイントは左側の開業当時の設備資金と運転資金(開業後3カ月〜半年程度の必要資金)の額を適切に見積ることになります。
資金計画表を作成していくことで開業前後に用意する人・モノ・金の内容が絞れて固めることも容易になるのです。なお、借入による調達については相手と事前に交渉を進めておき確実な借入額を見込むようにしましょう。
必要資金 | 見積先 | 金額 | 調達の方法 | 金額 | |
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設備資金 | 店舗、工場、機械、車両など (内訳) 設備 工具 事務機器および備品 事務所保証金 など |
万円 〇〇 ○○ 〇〇 ○○ |
自己資金 | 万円 | |
親、兄弟、知人、友人等からの借入 (内訳・返済方法) |
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日本政策金融公庫 国民生活事業からの借入 |
万円 | ||||
他の金融機関等からの借入 (内訳・返済方法) |
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運転資金 | 商品仕入、経費支払資金など (内訳) ・材料仕入 ・外注費支払など |
万円 〇〇 ○○ |
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合計 | 〇〇〇万円 | 合計 | 〇〇〇万円 |
*株式会社日本政策金融公庫の創業計画書を参照
B経営資源の確保
Aの創業計画の内容に基づき開業に合わせて必要な経営資源を確保して行きます。設備・機械、原材料・部品や商品などは事前に仕入先と交渉し見積りをとって価格と納期を明確にしておくべきです。
そして、資金調達に目途が付けば開業に合わせて発注し、納期の確約を取っておくようにしましょう。人材の確保は機械や商品以上に確保が難しくなりかねないため、早めに採用活動を進めることが重要です。自身の人脈や他者からの紹介のほか、求人広告による募集や人材紹介事業者などの利用も検討するべきです。
C開業(起業)の手続
個人事業か法人(会社設立)にするかで開業手続の内容が異なってきますが、いずれにせよ一定の法的手続があるため開業に合わせて速やかに手続を済ませましょう。特に法人の場合は開業に伴う届出等の手続が多いため、忘れずに完了することが重要です。
税務、社会保険や事業の許認可などの届出は忘れると後にトラブルになる恐れもあるため、自分で十分に調べたり行政書士などに相談したりして漏れなく済ませなければなりません。
D事業開始
事業が開始できたら、まず予定した収益が得られるかどうか、資金繰りに問題がないか などに注意を払うべきです。
開業後の1・2カ月の収益が事前の予測とどの程度乖離するのかを確認し、差額が大きい場合の手立てを素早く講じる必要があります。好調である場合は事業を拡大するのか、人手を増やすのかといった検討も必要です。
不調の場合は、お客のニーズとのギャップ、他社との売り方の違い、自社業務の効率性等の問題点 などを調べ収益改善の方策を直ぐに立案し実施しなければなりません。
また、好不調にかかわらず資金繰りの状況には注意するべきです。資金の回収の状況などにより好調でも資金ショートする恐れがあるため開業当初は特にキャッシュの動きには注意を払いましょう。
以上が起業の一般的な手順ですが、これは地方起業においても基本はかわりません。なお、上記の内容はあくまで基本の一部であるため、進め方の詳細は経営の専門家に相談したり創業塾などに参加したりして内容を確認してください。
4-2 地方起業の進め方のポイント
地方で起業する場合、一般的な進め方では上手くいきにくいことも少なからずあり、地方起業のデメリット面への対処は重要です。そのためここでは地方起業ならではの重要な進め方のポイントを説明しましょう。
@地方起業のタイプの特徴を把握する
地方での起業の仕方にもタイプがあり、そのタイプにより成功するための準備の仕方も変わってきます。そのため自分がどのタイプで起業するのか、そのタイプにはどんな特徴がありどう準備していけばよいかを把握しておかねばなりません。
●地方起業のタイプと準備
地方起業のタイプは大きく2つに分けられ、各々必要な準備の仕方があります。
1)都会・地方の地域に関係なく展開できる事業での起業
このタイプは1つのビジネスモデルを都会・地方の地域に関係なく適用していくタイプです。たとえば、東京都であっても北海道の郊外の地域であっても同じビジネスモデルで起業するというタイプになります。
優れたビジネスモデルならどの地域でも成功できる可能性はありますが、地域での対象者のニーズの違いや需要量の差が大きい場合、都会では成功できても状況が異なる地方では失敗する可能性は小さくありません。
ニーズはあるのか、違いはないのか、ビジネスとして成り立つほどの需要量は期待できるのか、競合状況はどの程度かなどを十分に確認しないまま地方で起業すると失敗の可能性は高まるでしょう。
2)地域の資源を活用して全国に事業を展開する事業
このタイプは地域の資源を活用して全国展開するビジネスモデルです。そのため地域資源の活用が前提となるため、その地域で利用できる資源を把握し活用できる体制を整備することが求められます。
どのような資源がビジネスの源泉として利用できるかを把握し、それらを入手・確保できる体制を整え、全国展開できる仕組みを作っていくことが必要です。
そのため地域のことをよく知る支援者を確保することが求められます。具体的には、労働者、生産者、加工業者、流通業者などのほかそうした協力者を紹介してくれたり、全国展開等を支援してくれたりする行政や公的支援機関等の協力は欠かせません。
こうした地方創生に資する事業で起業する場合は、地域全体を巻き込んだビジネスモデルとして進める面が少なからず必要であることに留意しておくべきです。
なお、地域の資源を地域の住民・企業のために提供するビジネスのタイプもありますが、需要量が限定されやすいことから企業としての成長の限界が早く訪れる可能性を考慮しておく必要があります。
A十分な準備期間を確保する
@の1)も2)も地方の実情を十分に把握した上で適切なビジネスモデルを作る必要があるため、一定の調査期間や準備期間を確保しなければなりません。
特に2)の場合はその地域における労働力、原材料等の資源、生産および流通網、各種支援体制の確保や整備のために決して短くない時間を費やす可能性が高いです。こうした準備を疎かにして開業すれば、ビジネスシステムのどこかに綻びが生じ業務に問題が生じる恐れも出てくるでしょう。
このように万全の準備が不可欠ですが、起業する地域が現在の生活圏から遠い場合はどうしても準備に時間がかかってしまいます。ケースによっては1年や2年といった準備期間が必要になることもあるため早めに着手することを検討しなければなりません。
B各種の支援制度を活用する
地方での起業は様々な困難を伴うことも多く、都会での起業以上に苦労するケースもあるため、行政や民間を問わず利用できる支援制度は活用するべきです。
また、地方創生は国や地方自治体の主要な課題であり施策のテーマであるため、関係する各種の支援制度(資金調達、取引先のマッチング、経営相談、販路開発、技術開発、各種情報提供、創業塾 等)が多く提供されています。
ここでは参考として、補助金・助成金の支援制度を紹介しましょう。
●補助金・助成金のタイプ
起業に関連した補助金・助成金が用意されていますが、大まかには国、地方自治体と民間に分かれます。
1)国
国の場合、経済産業省の補助金と厚生労働省の助成金が代表的です。前者では中小企業支援や地域振興などを主に目的とした補助金になります。後者では雇用促進や労働者のスキルアップ等を目的として、創業時のほか事業拡大に伴う雇用などに利用できる助成金が用意されているのです。
2)地方自治体
都道府県や市区町村が支給する補助金・助成金も多く用意されています。地域振興を目的としたもので、起業支援・移住支援、家賃補助や利子補給などに利用できるケースが多いです。
3)民間(各種の団体や企業)
多くはないですが、民間団体や大企業などが独自に提供している補助金や助成金もあります。
●補助金・助成金の例
1)雇用に関連したタイプ
特定求職者雇用開発助成金(特定就職困難者コース)
生涯現役起業支援助成金(シニア起業向け)
三年以内既卒者等採用定着奨励金
2)起業に関連したタイプ
創業補助金
事業継承補助金(事業を承継する形での起業で利用可能)
3)事業継続・発展に関連したタイプ(主に起業後)
小規模事業者持続化補助金
4)特定者を対象とするタイプ
ものづくり・商業・サービス経営力向上支援補助金(主に起業後)
若手・女性リーダー応援プログラム助成事業(東京都)
DBJ女性新ビジネスプラン・コンペティション(日本政策金融公庫)
●補助金・助成金の具体例
地方創生起業支援事業の「起業支援金」と「移住支援金」
⇒地方へ移住して社会的事業を起業した場合、最大300万円(単身の場合は最大260万円)の支援金が受けられます。
*主に東京圏の一極集中を回避するための施策として位置づけられています。
・起業支援金
地方創生起業支援事業の「起業支援金」は、都道府県が地域の課題解決に役立つ社会的事業で起業する者を対象として、起業のための伴走支援と事業費への助成(最大200万円)を行い、起業の促進と地方創生を実現することを目的とした事業です。
事業分野は、子育支援や地域産品を活用する飲食店、買物弱者支援、まちづくり推進など地域の課題に対応する広範囲の事業が対象になります。
支援にあたり都道府県が選定した執行団体が、計画の審査や事業立ち上げに向けた伴走支援を行い、その起業にかかる経費の2分の1に相当する額を交付します。
なお、対象者は以下の(1)(2)(3)のすべてを満たさなければなりません。
(1)東京圏以外の道府県または東京圏内の条件不利地域において社会的事業の起業を行う
(2)公募開始日以降、補助事業期間完了日までに、個人開業届または法人の設立を行う
(3)起業地の都道府県内に居住していること、または居住する予定である
・「移住支援金」
「移住支援金」は、「東京23区(在住者または通勤者)から東京圏外へ移住し、移住支援事業を実施する都道府県が選定した中小企業等に就業した方または起業支援金の交付決定を受けた方に都道府県・市町村が共同で交付金(※2)を支給する事業」です。
※2 100万円以内(単身の場合は60万円以内)で都道府県が設定する額
なお、対象者は以下の(1)(2)(3)のすべてを満たす必要があります。
(1)【移住元】東京23区の在住者または通勤者
(2)【移住先】東京圏以外の道府県または東京圏内の条件不利地域への移住者(※移住支援事業を実施する都道府県・市町村に限る)
(3)【就業・起業】移住支援事業を実施する都道府県が、マッチングサイトに移住支援金の対象として掲載する求人に新規就業した方または起業支援金の交付決定を受けた方
補助金・助成金のほか融資制度も充実しており、国、日本政策金融公庫、地方自治体や民間金融機関などで幅広い支援策が用意されています。1%台の利子で創業資金を借入れできるケースも多くあり、検討してみる価値はあるはずです。
C地域の自治体等の支援機関を利用する
地元の自治体等の機関はその地域の情報をよく知っており、活用できる資源、取引先や協力者などの紹介も期待できます。
また、創業や経営等の相談、事業場所の提案、コワーキングスペース・インキュベーション施設などの紹介、事業計画作成の支援、交流会開催などの幅広い支援が用意されているのです。
他の地域から移住してくる者にとっては特に地元との人脈がなく、事業システムを成立させるための各種資源の確保も容易でないため、地元自治体等の支援体制をフルに活用することが起業の成功確率を高めることに繋がります。
4-3 地方起業でのおススメ業種
地方で起業する場合の参考として、その有望と考えられる業種を紹介します。
@医療・介護
地方における高齢化は深刻化しており、加えて医療・介護に携わる人材の確保が難しくなってきているため、地域の医療・介護サービスを補完する事業の起業が期待されます。
医療・介護人材の育成、人材確保のためのマッチングシステム、医療・介護サービスの負担を軽減する機械・器具の開発・製造、遠隔医療サービスの提供などが候補に挙げられるでしょう。
A地域の観光資源や農林水産物を活用した事業
地域の観光名所などの地理的な資源のほか、特産品や農林水産物を利用した料理・商品などを総合的に活用した体験型の観光事業も有望です。アフタコロナにおいてはインバウンド需要の回復も期待できるため、地域と一体となって新たな観光ビジネスのモデルを検討してはどうでしょうか。
また、地元の主要産業の製品や農林水産物などを活用して新たな商品を開発の上全国へ販売するといった事業も期待できます。地元だけでなく他の地域や大都市圏などの企業や自治体とコラボレーションで事業化するとった展開も有望です。
Bサテライトオフィス支援事業
働き方改革や新型コロナの影響で職場を地方に移す動きが多く見られるようになっており、そのサテライトオフィスの設置を支援する事業は今後も期待できるはずです。
CIT関連事業
大都市圏でなくてもインターネット環境が整備された地方ならソフトやプラットフォームの開発などIT関連事業は成立します。地方の場合、事務所の家賃や人件費も都会よりは低くなるため、運営費を抑えた事業が行えるでしょう。
また、都会に人口が流出する地方においても魅力が感じられる雇用を提供できれば人材を確保することも困難ではありません。
D飲食業
地元の食材を活かしたこだわり料理の提供、料理に加え素晴らしい眺望のあるオーベルジュ、農作物の種まきや収穫ができる体験型の民宿など地域の資源を、料理や体験を通じて提供する飲食業・宿泊業なども有望でしょう。
5 新型コロナ禍での地方起業における注意点
地方で起業・会社設立する場合においても新型コロナの影響は不可避であるため、どのように起業を進めるべきかその注意点を紹介しましょう。
5-1 安全対策とその説明
起業する業種や事業によっても異なりますが、飲食・サービスを始め接客等を伴う仕事では新型コロナの感染防止対策の徹底が不可欠です。また、その防止策の実施とともに、事業者はその万全の対策について企業サイトなどを通じてお客に告知することが欠かせません。
2020年11月末現在、国内では新規感染者が増大して歯止めがかからない状況のように見え、今後は外出しての食事やサービスの利用に不安を感じるお客の増加が懸念されます。
こうした不安を払拭できなければ客足は離れるばかりとなるため、自社の感染防止策を徹底するとともにそれをお客に伝え、客離れを防がなくてはなりません。ホームページはもちろん、SNSなどから積極的に発信しお客を繋ぎとめる取り組みが必要です。
5-2 需要の減少対策
上記のとおり感染拡大による不安やGo To キャンペーンの一時中断などにより客足が止まり需要は大幅に減少する可能性が高いため、この状況下でも事業が継続できるモデルへと修正しなければなりません。
減少する収益をカバーするには、売上を少しでも補完する手立てと利益を多くする工夫が必要です。飲食業や宿泊業などでは店舗内での料理の提供のほかにテイクアウト販売や宅配による販売、料理メニューの商品化による販売などにより売上をカバーできることもあります。
また、店内で提供する料理ではワンランク、ツーランクアップの価格帯のメニュー、トッピングメニューやセットメニューの増加などで客単価を上げるようにすることも重要です。お客が満足できる付加価値の高さや選択肢の広さを提供することで収益が改善できます。
5-3 地域で一体となった安全対策とPR活動
地域で新型コロナの感染拡大の不安が大きくなれば、街全体の経済に影響しかねないため、街ぐるみの安全対策と需要喚起の行動が求められます。
「○○地域の□□の施設でクラスターが発生した!」などと噂が広まれば、その地域全体の経済に大きなダメージを受けかねません。そのため地域の特定の事業施設からクラスターを発生させないために、地域の事業者全体で感染防止対策に取り組む必要があります。
一事業者だけの努力では対応できないため、自治体、商工会等や事業者団体・組合などと協力して安全対策の立案と実施を確実に進めなければなりません。
また、こうした安心安全の取り組みを外部に発信する必要があり、自治体はもちろん街の各種の機関や事業者は各々のサイトやSNSを通じてお客に伝えることが重要です。
6 まとめ
創業・起業は都会でなくても地方でも十分可能であり、大都市圏では味わえない自己実現や地域貢献などの魅力が地方起業にはあります。地方起業の場合事業での需要量が小さくビジネスとして成立しにくい面もありますが、高度な情報社会となった現在、業種によっては地域差による需要量を心配する必要はありません。
地方の場合経営資源の確保で難しい面もありますが、意外と若年層の人材が確保しやすかったり、熱心な協力者や親切な材料等の供給者が多かったりします。
都会では密による新型コロナの感染拡大が不安視されていますが、地方の方が密を避けた対応も図りやすいため、この機会に地方での起業・会社設立によるビジネス展開を検討してみてください。